■海外公演劇評■

 ENGLISH REVIEW


 『花札伝綺』 2012海外公演劇評


『花札伝綺』     インドネシア公演評   A.SARTONO   〜 シュールレアリスム的劇世界〜  2011年7月16日

"花札伝綺"は、ふたつの“形・姿を持った“精神(魂)の出現から始まる。死者の世界は、沈黙の中で動いていく。彼らの活動は単調で、時間を気にしないように見える。この死者の世界は、棺桶だけが立っている黒と白のベールの、装飾とも呼べるセットの前で繰り広げられる。 

舞台上のメインセットの黒と白の幕は、多分、この世界を象徴しているのだろう:生と死の世界、つまり、それこそ『花札伝綺』の主要なテーマ。その他には、ステージの正面の一角に、精神(魂)への祈りの媒体としてランプ(ランタン:燈籠)が置かれている。


第二場面は、葬儀社内。同社は、団十郎を家長として、死ぬことを望んでいる人に、いくつかの死に方を提案したり、実践している。例えば、笑死、轢死、はらきり(切腹)、首つり、食死、飲死、腹上死、悲死。歌死。すべては「金」さえ持っていれば、選ぶことができる。この劇の物語は不条理の世界であり、超現実主義(シュールレアリスム)的世界のようにも見える。また、日本の民間伝承の世界のようでもある。生と死の世界・神々の世界とこちらの世界。それらは次第に"リアル"な世界になり、まるで「普通」の事であるように思われてくる。 

物語の内容は、世界の中(生と死の世界)で演じられている。その二つの世界を互いに通過しあい、追いかけあい、入ったり、出たりしているのだ。

日本語で上演されている公演を理解するためには、集中力を要した(舞台上には字幕が映しだされている)が、音楽劇であり、ポップでスタイリッシュな喜劇であり、ここには至るところに、生と死の世界についての質問や、哲学的要素がちりばめられていた。生と死、それはどちらも、同様に重要。死がなくなると生はその意味を失うことになる。同時に生がなくなると、死の意味もなくなる。すべての生物は死ぬのだ。「さあ、これまでに死んでないヤツが1人でもいたか!?」

 生と死の世界をつなぐ階段を通じて、行ったり来たりしているような『花札伝綺』の物語。流れるようにスムーズな変化(男の鬼太郎から女の鬼太郎へ)・衝撃(時には混乱)の連続。生と死は、実は制限などなく、簡単にお互いの世界を行き来できるのでないか。

 個々の演技の完成度・充実した音楽・発声・ほとばしる表現。それは"自動的"に表れているかのようだった。Pendopoの柱に制限されてない(邪魔されていない)ブロッキングや、“インテリジェント”な照明のサポート。そして、上演中の演者の驚異のスタミナ。流山児★事務所公演は実に魅力的だった。

 

『花札伝綺』      インドネシア公演評  JYOGJYA NEWS.COM   〜生きている世界と死んでいる世界の鬼ごっこ〜  2011年7月16日

 

 「花札伝綺」は東京の町はずれの葬儀社(「死の家」)で行われる物語。生きている世界と、死んでいる世界を10人の役者で描く音楽劇「花札伝綺」。7月15日金曜日に、TembiRumah BudayaPendopo Yodanegaranで、流山児★事務所によって上演された。これはフェステイバル、Apresiasi Tari Tembiの初日。

音楽劇「花札伝綺」は、すでに死亡している葬儀社の家族を中心に展開。ただ、一人、歌留多だけは、まだ生きている。歌留多はまだ生きていて、墓場の鬼太郎に恋をする。そして遂には、「花札伝綺」の物語は、“生きている世界”と“死んでいる世界”の間での鬼ごっことなっていく。 多くの死者たちに囲まれて、鬼太郎と団十郎の間では、誰が生きていて、誰が死んでいるのか、どんどん曖昧になっていく。団十郎の望み、娘の歌留多を死の世界に連れ戻す事に成功したとしてもだ。

演出家、青木砂織は、「解釈はそれぞれの観客にお任せします」と言う。「鬼太郎はまだ生きている。そして彼(死んで彼女になったが)は死にたくない。」ここにも答えはない。すべて答えは観客のものである。

 寺山修司作「花札伝綺」は、日本の前衛劇団、演劇実験室◎天井桟敷によって、1967年に初演された。本来この物語は、もっと長い作品で、ミュージカル劇ではなかった。44年後、彼らは音楽劇としてつくりかえたのである。寺山修司の詩、作曲は本田実のオリジナル楽曲。その特異な衣裳も日本社会の特色を表現している。「死亡記事がのっている新聞」を張りつけた衣裳。「衣裳のデザインも自分たちでしている」という。「日本で公演した時は、日本の新聞しかつけていなかったです。が、こっちへ来てインドネシアの新聞記事も」もちろん、貼り付けられていた。Apresiasi Tari Tembi2011が、流山児★事務所公演をインドネシアに招へいした。役者たちは日本語で演じた。観客は、インドネシア語に訳された字幕によって、十分、劇を理解することができた。これは、 私たちにとって「初」の体験でもあった。

 ♪めくって 重ねて 連れてった 花札伝綺。

さあ、 思いだしてみな 死んでない人間が 一人でも いたか?

 

『花札伝綺』    インドネシア公演評 JYOGJYA NEWS.COM  〜死の物語が音楽に包まれて〜             2011/7/16

 白塗りの、日本の新聞(ニュース)を張り付けた衣装を身にまとった、俳優たちが、観客席から登場し、『花札伝綺』の舞台が始まった。俳優の一人が観客に話し始めると、俳優たちは思い思いの行動を起こす。突然、音楽が流れ始ると、彼らは舞台上で完全に「ひとつになった」。

音楽は実に多彩で、それぞれ違ったスタイルのダンスや歌が全編を彩る。随所にインドネシア語を挿んで(その度に大いに受けていた)いたが、台詞はすべて日本語(インドネシア語の字幕上演)であったが観客は十分理解していた。これは、7月15日金曜日の夜、Tembi Rumah Budayaで上演された、流山児★事務所による、寺山修司作の「花札伝綺」。これは、17日まで開催されるApresiasi Tari Tembiの中の演目である。そして、このフェステイバルは、今後、毎年開催していく予定。

この物語は、東京の町はずれの葬儀社(「死の家」と呼ばれている。)での物語。この葬儀社内では、ほとんどの人間がすでに死んでいる。主人の名前は団十郎。まだ“生きている”娘の歌留多を除いては。彼女は“生きている”墓場の鬼太郎に恋をする。大泥棒の墓場の鬼太郎に。

鬼太郎は「死の世界」をも支配する泥棒となるまでの物語が繰り広げられる。ミュージカルの要素で作り上げた「生と死の倒錯の喜劇」である。

演出の青木砂織が語ってくれた。「「役者」は生きることも死ぬことも出来る。それどころか、様々な人格に変身することも可能なのだ。」

 

『花札伝綺』   インドネシア公演評  Metro tv news  〜流山児★事務所の舞台芸術家たちがジョグジャカルタの芸術家たちに、圧倒的存在感を示す!〜             2011718

 

日本の現代演劇の先駆的(アンダーグラウンド)劇団である流山児★事務所が、先日、「初」のジョグジャカルタ公演をした。そこでは流山児★事務所の芸術家達の魅力的な踊りと歌でうめつくされた。

『花札伝綺』(作:寺山修司)の物語を上演。ジョグジャカルタのTembi Rumah Budayaでのこの作品は、東京の町はずれの葬儀社内での物語である。

この葬儀社は、団十郎という、もう死んでいる人間によって管理されている。この家では、全ての人間が「すでに」死んでいる。

 

流山児★事務所は、「死の世界」を表現したが、それは荒涼とした世界ではない。身体表現や、台詞は大いに笑えるし、ユーモアとエネルギーに満ちあふれた祝祭喜劇でもある。

彼らはジョグジャカルタのTembi Rumah Budayaにそんな素敵な劇をもってきてくれた訪問者(遠来の客)であった。彼らもジョグジャカルタの観客の反応に満足し、感謝していると語っている。それは、私たちが東京(の観客)よりも、高い芸術鑑賞眼を持っているといえよう。

日本で、流山児★事務所は、先駆的(アンダーグラウンド)劇団として知られている。それは、様々なレパートリーを上演し高い演技スタイルを、追求している歴史のあるカンパニーだからである。『花札伝綺』にも、現代劇と能・歌舞伎のような日本の古典芸能との演技的融合が含まれているシーンが随所に見受けられた。

 


 『卒塔婆小町 』 インドネシア公演評      〜 愛と忠誠心 〜  Untro     2011年7月22日

~小町、あなたは美しい~
 
愛と忠誠心。それは日本からの物語。

我々は日本の古い名作映画、例えば、『幸せの黄色いハンカチ』を覚えている。刑務所から釈放された夫は、家に帰るのをためらっているが、妻は夫の帰りを忠実に待っているシーンを思い出した。ただのシンボルの黄色のハンカチ。それは受諾の印。帰宅を躊躇する夫への合図。と、はるか遠端から、不安な気持ちで、彼女の夫は、どこにでもはためいている黄色いハンカチを見たのだ。

それに似たような、“愛と忠誠心”の物語『卒塔婆小町』が、7月17日日曜日に日本からの流山児★事務所によって、ジョグジャカルタのTembi Rumah Budaya"で上演された。


"小町、あなたは美しい。世界で最も美しい。一万年たっても、あなたの美しさは衰えはしない”そうやって『卒塔婆小町』の話へと始まっていき、人間間の出来事に意味を持っていく。それは死についての話しではない。“愛と忠誠心”は繰り返され、死に至るまで続く。"私を美しいと言った男は全て死んだわ”これは、実にスリリングな物語なのである。


100日、毎日会うことを約束した、小町の恋人:深草少将。しかし、99日目に恋人は死んでしまう。そして、小町は、歳とるまで、同じ場所で、忠実に恋人を待ち続けるのだ。 『卒塔婆小町』での愛と忠誠。それは、二人の恋の話なだけではない。“約束に縛られた”二人の人間の関係。もしくはコミットを持つ。その二人の関係は、”従わせる“ものではない。生涯を通じて、その忠誠心を守り抜く。


流山児★事務所の公演は、演劇・ダンス・音楽を組み合わせたものでジョグジャカルタの演劇界に新鮮さと衝撃を与えた。会話劇は時には、説教臭ささえ覚えるものである。

流山児★事務所の『卒塔婆小町』では、言葉・踊り・演劇表現が互いに、入り込み、しかし、互いに支配することはなかった。それぞれが、空(から)の空間を埋めていく。演者たちによって、全ての空間が意味を持ってうめつくされているのである。さらに印象的なのは、pendopoの建築様式が、まったく、障害物となっていなかったこと。それどころか、pendopoの柱たちが、舞台のセットの一部のようだった。避けるのではなく、演者たちは、舞台の真中にある4つの柱の近くに、頻繁に、存在していた。それぞれが、その4つの柱と“遊び”かつ“表現”していたように見える。 

または、ある演者は、観客の近くにあるひとつの柱によじ登り、舞台の中央にいる演者との対話を行った。そのようなブロッキングすることによって、ただのLIVEな遊びなだけでなく、pendopoの空間さえも、作品をあらわす手段となっていた。

 

『卒塔婆小町』は夜の公園での話。

ここで、その場所で、恋人たちは抱擁している。そこへひどく恐ろしい老婆の乞食が、タバコの吸殻を拾いながらやってくる。デートをしている彼らを追い払い、ベンチに座り込む。その後、酔った詩人が来て、その老婆の生い立ちを尋ねる。“昔、小町と呼ばれた女さ”老婆は言った。


『卒塔婆小町』は1952年初演。第二次世界大戦後の三島由紀夫の傑作。この作品が、男女の間の“愛と死と美”の残酷な舞踊劇(ダンス・テアトル)として復活した。


私たちは『卒塔婆小町』から興味深い事を得た。ダンスと演劇のミックス以外に。衣装も非常にシンプル。詳細なステージと、ブロッキングが非常に力強い。演者間の相互作用と反応は、“芸術”を、“美学”を生み出していた。

流山児★事務所公演は、私たちに、最大の“演劇的教訓”を与えてくれた。観客にとって、ダンサーにとって、演劇人にとって、それを学ぶための「チームワーク!」を忘れてはいけない・・・・ということを。

 

 

 『卒塔婆小町 』 インドネシア公演評   KEDAULATAN RAKYAT  劇の虜〜公園の美しい小町〜      SUARA HATI    2011720

 

“小町、君は美しい。この世で一番美しい。1万年たっても、君の美しさは消えやしない”100日間、休むことなく小町と会い続ける事を約束した恋人。しかし、99日目、この台詞を言った後、恋人は、死んでしまう。そして小町は、会い続けたこの場所で、歳おいても待ち続ける。

夜の公園、そこには蜜のように愛し合う恋人たち。一人の乞食らしき老婆が、煙草を拾い集めながらやってくる。そしてカップルたちを追い払い、ベンチを取り戻そうとする。そこへ、酔った詩人がやってくる。そして、老婆の生い立ちを尋ねる。それから、100年前の鹿鳴館でのダンスパーテイーの場面になる。当時老婆はとても若く、皺ひとつない。

全ての目は、彼女を見ると、その美しさに魅了されてしまう。この、三島由紀夫作の「卒塔婆小町」公演は、日本の劇団流山児★事務所によって、717日日曜日に、Tembi Rumah Budayaで上演された。流山児祥と北村真実演出によるこの作品は、先日715日から始まった、Apresiasi Tari Tembiのフェステバルの最終日の公演となった。

 

冒頭の百夜通いのシーンの後、作家:三島由紀夫の切腹シーンがあった。この自殺行為は、古典的な日本の演劇の形式(能)を忘れ去ってしまう新しい世代への失望、そして現代演劇の形態につながる「象徴」に見える効果があった。

ある観客は私にこう感想を告げた。「この公演での、気持のいい流れによって、劇の虜になった。演者たちの表現は、とっても興味深かった。すべての観客が「日本語」を理解しているわけではないのです。

だけど、観客は演者たちの動きから「物語」を理解することができた。このことは、想像力やその他の印象を高める可能性を持っています。それどころか、会話のシーンでもこの現象は起きたのです。

今まで見た劇の中で最大の衝撃を受けた。」 

わたしたちは『卒塔婆小町』の虜になったのである。

 

 


『盟三五大切』 北京公演 2005年1月22日   「新京報」

 2年前、「人形の家」で北京の演劇ファンを魅了した日本の流山児★事務所が1月20日より北京に再来し、再び観衆を圧倒した。

「狂恋武士」は、武士数右衛門が、武士の名誉回復と亡き主君の仇を討つための金を巡って芸者小万、その夫三五郎達との錯綜した複雑な人間関係を描いている。悲劇は積み重なっていき、金にかかわったすべての人が命を代償にする。

 興味深いことに、歌舞伎が原作の作品でありながら、主役は男女ともすべて女優が演じていた。また、ストーリーが風刺の利いた寓話であり、ここではすべての物事があたかも神の采配により果断なく巡る輪廻の輪のように見える。

歌舞伎の表現方法は既に一つの形式として定着しているので、ストーリーこそ観客を惹きつける鍵となる。寓話、風刺、嘲笑、仇討ち、論廻、贖罪・・・中国の演劇では、既にシェークスピアのような物語が語られることがなく、平易で、笑いの取れる、どたばた劇の娯楽作品が最上とされているが、この日本から来た芸術家は我々に対し、シェークスピア的精神を再現してくれた。劇中では、人間には善悪の二面性があり、金が世人の敵となり、そして運命とはやはり動かすことができないものということが存分に語られている。

公演後、多くの観客が口にしていたのは、舞台上に字幕が出ていたけれども、字幕がなくてもストーリーは分かる、ということと、今、演劇界が波に乗っている中で、このような斬新な作品をどんどん観たい、ということだった。

  

『盟三五大切』 北京公演 2005年1月21日 「北京晩報」

 「大笑いあり、恐怖あり」 ― 現代日本演劇《狂恋武士》に観客はハラハラドキドキ。

これは金百両に関する物語である。主人公の武士は芸者にほれ込んだために財産を使い果たし、更に彼女の為に名誉挽回のための大切な百両を使ってしまう。それは芸者とその夫が父親に渡すため騙し取ったものであり、父親の主人を助ける為なのだが、正にその武士が父親の主人であり、しかも彼は事情を知らない。騙され、愛情を失った武士はその芸者を含め多くの人間を殺す。最後は広野一面に死体が横たわる殺し合いが繰り広げられる。

一昨夜、北兵馬司劇場においてファンタジックな現代日本演劇作品《狂恋武士》が上演された。大笑いあり恐怖ありの歌舞伎風の誇張演技による日本演劇界の大御所、流山児祥さんの独自の世界が展開された。劇中では彼も大勢の劇団員に混じって警官を演じ、ともに道具を動かし、多くの若者との創作活動を先導している。これら共産主的な情熱は劇団内に澎湃として起こり、劇中の演技を力強くさせていた。

《狂恋武士》のストーリーはよく考えられており、メリハリのある内容で観客をひきつけた。その表現主義の演技は完全に現実生活とは無関係であり、劇中の誇張、冗談、でたらめ、それらは正に劇であり、その演技も非現実的である。流山児祥さんは、180年前の鶴屋南北の描いた歌舞伎時代と180年後の人類の戦争のために苦悩する現代は共に世界に向けて同じメッセージを発していることを見事に表現し伝えた。台詞の中で直接私たちに向けて「金は人類の敵だ」といっており、それでいて同時に困惑を表現している。生死の意義はこうもかたくなで偶然である。

 《狂恋武士》は勧善懲悪の欺瞞と運命の悲惨さを嘲笑し、同時にやりきれない現実を受け入れている。金に踊らされる男女とその愛はおかしくもあり悲しくもある、それは私たちには知ることのできない運命のようだ。流山児祥さんの小劇場歌舞伎演劇は、憎悪と歓喜を含んだ現代演劇作品の傑作である。歌舞伎の伝統的な衣装や化粧がなかったことで却って、歌舞伎風の演技を感じることができ、それは見事な現代のブラックユーモアであった。生き生きとした悲喜劇であった。

  

「盟三五大切」 モスクワ公演  
2005年2月4日 「ヴレーミャ・ノヴォスチェイ」(ニュースの時間)紙   アンナ・ゴルデエヴァ

約200年前、歌舞伎のために「盟三五大切」(「侍の狂気の愛」)を書いた鶴屋南北は、日本人から「日本のシェークスピア」とも呼ばれている。

人を殺すシーンが多いことは頷けるが、主人公を皆殺しにした作家が皆シェークスピアであるとは限らない。鶴屋南北は、時代の変化を記録した戯曲を書いた。この時代、武士はまだ腰に大小を差し、鼻を高くして歩き回ったが、武士階級は確実に権力を失い始めていた。その代わり、金持ちは幅を利かせるよ

うになった。「侍の狂気の愛」では、いくら主人公が運命を呪っても、運命とは詰まるところ主人公をだました具体的なずる賢い人たちに他ならない。世の中は変わっていくが、変わるのは人の心ではなく社会制度なのだ。

日本の古典作家である鶴屋南北の作品は、これまで何回も演出され、何通りにも解釈されてきた。だからこそ、流山児事務所の小さな劇団(22人)は、何か特別なことを考案しなければならなかった。そして、男性である2人の主人公の役を女優に与えることにしたのだ。

ここ400年ほど、歌舞伎は男性の演劇であり、女性の役も男優が演じてきた。しかし、歌舞伎が生まれたのは遊廓であり、当時は女性が役者だった。1629年、風紀の乱れのため、政府は女性の役者を禁じ、女形文化が生まれた。

流山児事務所は、歌舞伎の原点に戻って女優の役割を復活させようとしたようだ。

主人公の侍に扮するイトウ・ヒロコは、より男性に見えるように大げさに肩を広げるなど動作を誇張し過ぎないこともないが、復讐のシーン等は極めて精細な演技を見せる。蛇のような鋭い目、動じない平静、冷静に人を斬る刀の動き… 母を斬られた子供が泣き出して侍にじっと見詰められたとき、会場はどうなるかと一瞬息を呑み、侍が子供のところには行かないのを見て胸をなでおろした。

歌舞伎はもともと大衆演劇だった(貴族は洗練された能楽を好んだ)が、流山児事務所による今回の公演もやはり大衆演劇に近い。歌はポップ風の曲を使い、脇役の道化はロシア語で観客に話しかけ、役者は自由気ままに舞台を動き回る。しかし、大掛かりな斬り合いのシーンが始まった途端、全ては変わった。

女性が視線を動かさず10人の男性を相手に戦うとき、我々の目の前には本来の日本が繰り広げられたのだ。そのような日本を見るチャンスは滅多にない。

 

『盟三五大切』ミンスク公演   2005年2月11日 「ソビエツカヤ・ベラルーシ」 
酒を持ってくる間に  バレンチン・ペペリャーエフ

 日本の劇団、流山児☆事務所による「恋に狂った侍」は二日間に渡って、ミンスクを揺るがした。そのことによって、ヤンカ・クパーラ劇場は上演予定だった「ネスヴィジュの黒い伯爵婦人」の公演を中止した。この公演のチケットは売り切れ状態。おそらく、このことが公演を企画した人たちの心をやさしくしたのであろう。彼らはベラルーシ演劇界においては前代未聞の無料公演を行い、学生、ジャーナリスト、教師、その他の知識人たちを招待したのである。

「ネオ歌舞伎」というのだから、新しいものであることははっきりわかっていた。新しいものの中には決まって、良からぬ悪だくらみが隠されているものだ。戯曲は古典的なものであるが、劇の主役が女性によって演じられるということは前からわかっていた。そのことによって、歌舞伎が昔から守ってきた定型が破壊されている。演出家の考えでは、この手法によって現代生活の悲劇性を反映することができるのだそうだ。女性は平和を祈るだけではなく、刀を取ることもできるのだということである。まあ、ヴァレーリア・ノヴォドヴォールスカヤ(ロシアの急進的な女性政治家:訳者注)だったら、そんな解釈は気に入ったに違いない。この劇のことはまじめに考えてはいけないなんてことは前からわかっていた。なぜなら、これは劇ではなくアトラクションなのだから。それでも、この公演がミンスクで行われたことはすばらしいことだと言っていいだろう。これはミンスクの文化界における画期的な出来事なのだ。

細かいことにこだわる日本人は公演開始前、観客たちにアンケートを配った。公演終了後、学生たちは惜しみなく賛辞の言葉を書き、スマイルのマークを書いた。

「恋に狂った侍」は海外輸出向けに作られた劇であった。文化の独自性、メンタリティー、異国情緒が、薬局の量りで量られたようにバランスよく融合されていた。劇の中で役者たちは「パジャールスタ」「スパシーバ」「スパコイナイ・ノーチ」などの言葉をしばしば使って観客たちを熱狂させた。役者たちは積極的に観客を笑わせようとしていた。時にはやり過ぎと思えるような場面もあったが、歌舞伎は演劇博物館にある歴史的遺産なのだ。それに触れるためには、12場からなる劇を休憩なしで見つづけることは問題ではない。正直に言えば、天井近くの字幕を長時間見つづけるのは、多少首が凝るのだが。

最後の場面で、侍の源五兵衛は彼を裏切った芸者のところに毒の入った酒を持って行く。その酒を飲んだのが芸者の兄だったのを見て、彼は芸者の首を切り落とす。ここで予想が正しかったことがわかった。日本の演劇はちょっと辛口の料理なのだ、と。

 

『盟三五大切』ミンスク公演 2005年2月12日 クリトゥーラ(文化)  
歌舞伎の愛のスタイル  ロマン・アリシェフスキー

言葉の中には魔法のような響きを持っているものがある。この寒い夜にミンスク市民が暖かい自分の部屋から出て、歌と踊りの芸術を見るために劇場に向かったのは、この言葉の持つ魔法の力かもしれない。それはいったいどんな言葉か? 日本語で次の言葉を口にしてみればわかるだろう・・・歌舞伎。

2月9日、10日、国立ヤンカ・クパーラ劇場で流山児☆事務所「恋に狂った侍」の公演があった。劇の基になったのは日本の有名な劇作家、鶴屋南北の台本で、その残酷でリアリスティックな内容は現代の問題に通じるところがある。劇は日本国内において、様々な批評家から称賛を受け、2005年、はじめて北京、テヘラン、モスクワでの公演が行われた。

古典芸能としての歌舞伎は、長い時間をかけて結晶した絶対的なスタイルを持っている。そのスタイルは現代社会とは共通点が全くないものだ。歌舞伎の中には古い日本の伝統が保たれている。「恋に狂った侍」が実際の歌舞伎と違うのは、その古典的な定型が保たれていないということだ。演出家・流山児祥は180年前に書かれた戯曲を、現代の人々にもわかりやすいように現代風にアレンジすることに興味があったと言っている。実際、観客たちが目にしたのは、日本の現代演劇のアヴァンギャルドであった。流山児の演出では、男性が女性の役を演じる「女形」という、歌舞伎の重要な定型の一つが崩されている。二人の男の役は、女性によって演じられた。そのことによって、侍社会の掟の残酷さが強調されることになるだろうと演出家は考えたのだ。

もちろん、東洋の文化に通じた芸術学者でなければ演出家の考え出した新しいスタイルを正しく評価できないであろうが、一般の観客も十分に楽しむことができた。むしろ、演出家は歌舞伎の舞台言語を観客にもわかりやすくアレンジして見せたのである。流山児は、音楽と歌と踊りが俳優たちの演技と融合した色鮮やかな世界をミンスクの観客の前に作り出すことに成功した。特に、役者たちの表現力豊かな演技や衣装、メイク、舞台装飾は観客たちの目を引いた。ヨーロッパナイズされたスタイルやミュージカルのような性格も劇の中には見うけられたが、それは問題ではなかった。

最も重要なことは日本から劇団がやって来たという事実だと私は思う。モスクワからやってくる二流の商業演劇に疲れきったミンスクの観客にとって、今回の公演は一服の清涼剤になった。

 

『盟三五大切』 ミンスク公演   2005年2月18日 ズナーミヤ・ユーナスチ(若者の旗)
「恋に狂った侍」ミンスク公演! エレーナ・ベルヴォリド

 「お酒、一杯いかがですか?」この言葉を聞いて、観客は好意的な笑みを浮かべた。あるアニメの中の似た言葉を思い出した人も多かったに違いない「コニャック、一杯いかがですか?」。国立ヤンカ・クパーラ劇場で日本語で本物のの劇が上演された。 

日本の劇団「流山児☆事務所」の演出家・流山児祥と2人の俳優がミンスクへやって来たのはちょうど半年前のことだった。その目的はベラルーシ演劇とは何なのかを見ることであった。感銘を受けた彼らは2月にミンスクで公演をすることに決めたのだった。彼らが本当にやってきたのはすばらしいことだ。彼らがミンスクに持ってきたのは鶴屋南北の戯曲「盟三五大切」を基にした「恋に狂った侍」である。この公演に向けて役者たちは十分に練習を重ねてきた。多くのロシア語の言葉を暗記し、それを劇の中で使うことによって観客たちを楽しませた。客席は空席が全くなく、劇場に住んでいるネズミでさえも場所を見つけられないほどだった。チケットの値段は15000ルーブルから40000ルーブル(ちなみにこの値段は彼らが日本で公演する時の3分の1の値段である)だったにもかかわらず、チケットはあっという間に売りきれてしまった。

恋に狂った侍の話、一体どんなおもしろいことが起こったのか? 第一に、劇は伝統的な日本の演劇である歌舞伎を基に作られたのだが、私たちが「ネオ歌舞伎」というものを目にすることができたのはすばらしいことだ。男性の役は、侍の役も含め、女性によって演じられた。第二に、舞台では血なまぐさい感情が渦巻いていたのだが、ミンスクの観客がこのような劇を見たのは初めてのことである。劇の筋書きはすばらしいものであったが、スラブ圏の人間にとってはわかりにくいところもあった。舞台上のスクリーンには字幕の形でテキストが丁寧に映されてはいたのだが。残酷な夫は自分の妻に芸者の仕事をさせる。それは僧侶になった自分の父を助けるためで、父は自分の主人のためにお金を集めていた。その主人は星型の刺青を持った悪党にお金を盗まれてしまっていた。100両を盗まれたことを彼は恥じて、そのお金を返すまでは本当の侍にはなれないと考えていた。ああ!何て私は表現力がないんだろう! これはもう見てもらうしか方法はない。あの役者たちのすばらしい身体表現や音楽、細かいストーリー展開やニュアンスは言葉では言い表せない。細かくよく考えられた舞台装置、全員が踊った時に流れた「芸者に惚れたら、気をつけろ」などといったポップス調の歌に代表される「ネオ歌舞伎」の要素、舌を出しながら「スパシーバ! パジャールスタ!」と言う赤い顔のにぎやかしなど、すべてがすばらしかった。もちろん、これはミンスクにとって大きな文化的ショックであった。できることなら、もっと頻繁にこんなショックを受けてみたいものだ。

 

       

 

 

『狂人教育』 カナダ公演
マッド・パーソン フィーバー / スーザン ランディー / 2003年4月2日 / ドリフトウッド紙

狂気な色合わせ、見事なダンス編成にすさまじい音で日曜の夜、アートスプリングの 舞台を圧倒したのは日本の劇団によって上演された驚くほどすばらしい且つ風変わり な『狂人教育』だった。

この感動的な劇は満席のアートスプリングの観客を総立ちにさせ喝采の渦をもたら し、後に行われたキャストとのレセプションへと導いた。

客席に身を仰け反ってこの夜の芸術の全てを体感している観客たちに私は嫉妬してし まった。なんと言っても彼らは次の朝、劇評を書くために話を追いながら見る必要は ないのだからだ。私も出来れば観客の一人としてただ楽しみたかったものだ。

生き生きとしてカラフルな衣装、繊細でしかも完璧なメイクアップ、懐中電灯の灯 り、魅惑的な動きは観客の目を魅了し、高鳴る銅鑼、地響きする太鼓、竹撥の撓る 音、耳障りのよいBGMは観客の耳を満喫させた。

『狂人教育』は精神によい食べ物「心の糧」とでも言うべきものか。

中略(作品解説:もともとこの作品は人形劇として1962年に日本の理想家寺山修司に よって書かれたものである。そして流山児祥氏のアレンジで流山児★事務所によって 人間人形劇として上演された・・・・・・・・・・・・

劇場を後にした今でもテンション高く興奮は覚めやらない。彼等の多才さそして人の 体の巧みさにはただ驚かされた。6人の人形役の女性は並外れたテクニックで軽々と 人間の仕草から硬張った人形の動きへと移り動いていった。12人全員の役者はアクロ バットの技術を訓練していることは明らかだった。

女性たちの白塗りの下地にされたメイクアップは驚くほど表情豊かであった。又、一 座は小道具のスーツケースを幾度となく巧みに使い、明かりを作り出したりたて壁に したり舞台の光景を引き立てていた。

劇全体からは狂気と栄華がにじみ出ていた:この独特な舞台を見られたことはソルト スプリングの劇場のファンにとって本当に味わい深いご馳走だった。

 

「実験的」2001年九月8日号(ヒシヤーム・イプラヒーム)

そこには、さまざまな芸術形式や異なる文化の対話がある。この戯曲は人形劇のためのものであり、日本の舞台芸術の伝統に深く根ざしている。今回の演出では、人形が人間の役者に置き換えられ、いくつかの詩的な象徴と深い比喩性をたたえている。また、役者の人形的動きの技巧は人形を完全に真似るほどまで完壁さに達している。そして時には繊細になったり、単純になったりして、日本の審美的伝統の特徴である示唆に富んだ語り口にもとづく高度な演技は最高の域に達している。また、語り合い、ハミングしてリズムをとり合うのは、融合と相互の愛情をひきおこす西洋的な手法でありる。それらは交錯しながら審美的語り口のあいだで一緒になり、なおかつ風刺的な喜劇感覚を失わない…。
〔略〕
 これは深遠な芸術的隠喩であり、人間の普遍的な諸問題を包含しており、個人と他者との関係および個人と社会の支配権力との関係を考察している。
〔略〕
この作品は以前、この実験演劇祭に参加したほとんどの日本のグループの上演とは対照的に、イタリア演劇に近い形式で構成されている。それは背景が西洋の演劇と結びついた形式であり、その審美性はこの劇団の公演によって確立されたものである。 流山児★事務所はこの作品で、演劇は諸文化を越えて国際的なスケールを持つ事が可能である事を証明している。なぜなら、彼らは現在の世界の文化に開かれた同時代の芸術の枠内で、全世界的、人間的諸課題を議論する前例のない上演を提出しているからである。

 

「劇場が驚くべきものになるとき」
(「実験的」2001年9月9日号)(エッズ・エッディーン・バダウィ)


 「人形の家」は、数多くの芸術形式を通してその諸思考を提示しようとしている。踊りと人間の体による表現を重視する演技を通した表現の試みとともに、劇場を演劇的祝祭の場に変化させる様々な事件に満ちている。
〔略〕
この作品は家族間の人間的欺瞞をテーマにしている。社会の一部分としての家族という意味では、普遍的に存在する人間的、社会的欺瞞を曝け出している。また、この舞台は人間の持つ普遍的なテーマに加えて、ダンス・歌・メイキャップ・楽器演奏など多くの芸術的手法を使っている。それゆえこの舞台は芸術的祝祭の場に変わり、芸術的な空間に変わる。
〔略〕
西洋的戯曲の方法で書かれた台本にもとづくにもかかわらず、この上演は、同時に、日本の演劇の伝統に非常に忠実であり、それは、芸術的楽しみを享受できる演劇様式の創造を非常に重んじるものである。この美しい上演は、これまでの演劇祭で日本が提出した多くの作品にさらに華をそえるものである。

 

『人形の家』は人間の自由の上演である」 サヒール・ニブハーン
<日本人による人形の家>

この作品は、一瞥でその諸事件を追うことは難しい。これは、刺激的な騒音とたくさんの事件ときらびやかな音楽と踊りの楽曲で満ちている。このオペラ的作品は、人形の姿をした6人の女役者とやはり人形を使う6人の男達によって演じられ、そこにおいて人間が人形に変わる大胆さなを特徴とする実験的驚きを見出すだろう。(略)
 そして、実験劇場祭の公式コンペティションへの参加上演作品の選出における基準が欠如しているため、国際オブザーバー委員会は再検討を必要とするだろう。実際、誰一人として日本の上演「人形の家」が実験演劇祭の最も重要な上演の一つであるにもかかわらずコンペティションから退けられたのか知らない。他方で、公式コンペティションには、芸術水準の低い諸上演が公式コンペティションに参加しているのである。
(略)

 

<日本の人形> (アブラ・エツルーニー)

人形を人間の相対物で置き換え、私たちに演技技術とさまざまな文化および芸術形式のあいだの交錯をもつ深い視点を与えてくれた。それは、人形的演技の技巧と詩、音楽の活用に加えるものである。

 

大岡 淳     テアトロ 2001年11月号

これは、本来人形劇として構想された戯曲である。流山児演出は、物語を演ずる人形たちを女優陣が、その人形たちを操る人形遣いを男優陣が演ずるという、明快な仕掛けを施した。人形たちが演ずるのは、ある家族の物語である。寺山戯曲の実験性は、良い意味でわかりやすいものであって、流山児演出のセノグラフィも、ロープで囲まれた空間の内側が人形、外側が人形遣いのエリアとなる、明瞭な図式を提示していた (美術=加藤ちか)。そして最後には、操る者と操られる者との関係が逆転し、日常と非日常の転倒が目論まれる。インターナショナルな視線に耐えうる古典″として、寺山作品が再生する機会に立ち会えたことを、素直に喜んでおきたい。

 

西堂行人 カイロ実験演劇祭 テアトロ 2001年12月号

「実験」は先鋭化すれはするほど、痩せ細っていくことは否めない。「実験のための実験」に陥りがちである。そこて今一度三つの「実験演劇」をシャッフルし、合体、再統合させてみたらどうなるか。それがどういうかたちをとるかはさまざまだが、わたしがこの演劇祭の最後に見た流山児★事務所の『狂人教育』にはそのヒントが隠されているように思われた。寺山の端正な戯曲は人間と人形の支配/被支配を描き、権力と民衆の断絶を切り取り、民衆の側から自己の尊厳を奪回していく革命劇である。演出家 流山児祥はこの構図をよく見通せる装置と六個のトランクに集約させ、洗練された舞台に昇華させた。複雑な内容を簡素な仕掛けのなかに圧縮し、大衆的な手法を盛り込みながら、人間世界の暗黒を暴き出したこの舞台は、字義とおりの「実験」とは言えないかもしれないが、演劇を豊かに展開しながら、演劇固有の思考の運動を刻んでいた。その上質の仕上がりは今回参加したなかでも出色のものの一つに数えられよう。実験性と大衆性(民衆性)は一見馴染みにくいように思われる。が、両者が結合して初めて演劇の可能性が切り開かれるのではないか。ただしそれは、不可能性を潜った後で、ようやく針の穴の向こう側て逢着できる地平なのだ。そこに実験演劇の未来がある。?  ? 「実験的」2001年九月8日号(ヒシヤーム・イプラヒーム)
そこには、さまざまな芸術形式や異なる文化の対話がある。この戯曲は人形劇のためのものであり、日本の舞台芸術の伝統に深く根ざしている。今回の演出では、人形が人間の役者に置き換えられ、いくつかの詩的な象徴と深い比喩性をたたえている。また、役者の人形的動きの技巧は人形を完全に真似るほどまで完壁さに達している。そして時には繊細になったり、単純になったりして、日本の審美的伝統の特徴である示唆に富んだ語り口にもとづく高度な演技は最高の域に達している。また、語り合い、ハミングしてリズムをとり合うのは、融合と相互の愛情をひきおこす西洋的な手法でありる。それらは交錯しながら審美的語り口のあいだで一緒になり、なおかつ風刺的な喜劇感覚を失わない…。〔略〕
 これは深遠な芸術的隠喩であり、人間の普遍的な諸問題を包含しており、個人と他者との関係および個人と社会の支配権力との関係を考察している。
〔略〕
この作品は以前、この実験演劇祭に参加したほとんどの日本のグループの上演とは対照的に、イタリア演劇に近い形式で構成されている。それは背景が西洋の演劇と結びついた形式であり、その審美性はこの劇団の公演によって確立されたものである。 流山児★事務所はこの作品で、演劇は諸文化を越えて国際的なスケールを持つ事が可能である事を証明している。なぜなら、彼らは現在の世界の文化に開かれた同時代の芸術の枠内で、全世界的、人間的諸課題を議論する前例のない上演を提出しているからである。? ?
「劇場が驚くべきものになるとき」
(「実験的」2001年9月9日号)(エッズ・エッディーン・バダウィ) 「人形の家」は、数多くの芸術形式を通してその諸思考を提示しようとしている。踊りと人間の体による表現を重視する演技を通した表現の試みとともに、劇場を演劇的祝祭の場に変化させる様々な事件に満ちている。
〔略〕
この作品は家族間の人間的欺瞞をテーマにしている。社会の一部分としての家族という意味では、普遍的に存在する人間的、社会的欺瞞を曝け出している。また、この舞台は人間の持つ普遍的なテーマに加えて、ダンス・歌・メイキャップ・楽器演奏など多くの芸術的手法を使っている。それゆえこの舞台は芸術的祝祭の場に変わり、芸術的な空間に変わる。
〔略〕
西洋的戯曲の方法で書かれた台本にもとづくにもかかわらず、この上演は、同時に、日本の演劇の伝統に非常に忠実であり、それは、芸術的楽しみを享受できる演劇様式の創造を非常に重んじるものである。この美しい上演は、これまでの演劇祭で日本が提出した多くの作品にさらに華をそえるものである。                       
  

 

『狂人教育』カナダ公演劇評 
by Scott Sharplin 2000年8月22日

ベケットも眉をひそめそうな登場人物達。大胆でスタイリッシュに仕上げられた感嘆すべき実験劇。そこでは、人間は人形となり、言葉はそれ以外のあらゆるものになる。豊かな音声、きらびやかな衣装、そして素晴らしい振り付けの舞踏は、演劇フリークにとって大変なご馳走である。

 

シーマガジン by Roger Lavesque  2000年8月23日

エキゾティックで実存的不可解さに満ちた舞台 ―― その多媒体視覚効果と強烈な演技は否応無しに楽しませてもらった。太鼓の生演奏、物語の句読点となる強烈な銅鑼の音、それが誘発するアクロバティックなダンス(特に人形を操るシーン)。衣装、フェイス・ペインティング、パーカッションなどに日本古典演劇の片鱗が見られるが、この作品、本質的には自然発生的で、時として背筋の寒くなる現代劇である。

 

エドモントンジャーナル  by Mike Ross   2000年8月26日          

 「人間の自由意思」と「宿命」との対立を主題にした「狂人教育」はカラフルで無秩序な超現実ドラマ。何とか正常でありたいと必死に足掻く破壊された家庭の物語。歌舞伎調の衣装を纏った六人の女優を黒ずくめの人形遣い六人が時折操る精巧な舞台。エキサイティングな「音」と「動き」、そして芳醇で妙に魅力的な音楽に満ち満ちている。黒衣達の発する強烈な叫びと衝撃音、それがもたらす高揚感に乗って俳優達は悪夢のような一族の物語を紡ぎ出す。

 

エドモントンサン  by Adrian Chamberlain  2000年9月2日   

 「狂人教育」が忘れがたくエキゾチックな印象を与えるのは、その構成要素の豊かな多様性に負うところが多い。能、歌舞伎、更にはブレヒト劇、モダンダンスの要素を併せ持ち、その音楽は西欧のジャズ、ポップ、ラテンを日本的感性で濾過した片編の組み合わせである。「狂人教育」は、女権剥奪社会に住む女達の苦悩を基本的テーマとしている。抵抗に打ち勝って羽ばたく創造精神と言う一抹の希望が暗示されてはいるものの、このオペレッタの劇的なフィナーレには身の毛がよだつ。

 

タイムズコロニスト  by Peter Birnie   2000年9月7日  

同国が持つ人形劇の長い伝統に‘ひねり’を加えた、魅惑的な社会風刺劇。幕開きの舞踏シーンは象徴性に富んでいる。踊りと歌とリズミカルな詠唱で綴られる夢の世界。「狂人教育」を文学として理解すべきであるか、或いは、単に心を奪われて観るべきであるかは、議論の残るところである。